私とカメラの徒然記
なんとなく美しい、珍しい、変わってるなあと感じた自然界の素晴らしさをカメラにまかせ、人間社会の現象で感ずることがあれば、文字にしてみようと思う。
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寒緋桜と小鳥の世界
ソメイヨシノに先駆けて濃いピンクで着飾る寒緋桜が小鳥の蜜採り争いでにぎやかである。鳴き声もうるさくて縄張りを主張し他の小鳥に意地悪をするのがヒヨドリである。ペット用に飼われていたと思われる外国種も顔をみせる。strong>
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お手並み拝借 お手玉拝借
これ お手玉なんです。
正月過ぎてすぐに十二支だって!
なんて言わないでください。
年賀状のためにだけ存在するのでないんだから。

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退屈してるんだったら、ちゃんと順番に並べてみては?
十二支(じゅうにし)は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の総称。

十二支 日本語    中国語   朝鮮語   ベトナム語
  音読み 訓読み
子 し     ね    z      (ja)        t
丑 ちゅう  うし    chu    (chuk)      su
寅 いん   とら   yn      (in)      dn
卯 ぼう    う    mo     (myo)       mo/mo
辰 しん   たつ   chn    (jin)     thn
巳 し     み    s      (sa)      t
午 ご    うま    w      (o)      ng
未 び    ひつじ  wi     (mi)     mi
申 しん   さる   shn     (shin)      thn
酉 ゆう   とり    yu     (yu)     du
戌 じゅつ  いぬ   x     (sul)     tut
亥 がい    い    hi     (hae)     hi

もっと暇だったらクイズ付で来年の年賀状にどうぞ!
私の癒しの場所、江戸たてもの園の民家に転がっていたのを
ちょっと拝借!

カメラのつぶやき「それにしてもバックの畳がめだつなあー」





喫煙者のつぶやき
近隣におりながら行ったことのなかった立川の国立「昭和の森公園」に出かけた。その日は晴れていたが風もあり、気温以上に寒さを感じる日だった。前日、自分が所属している写真サークルの撮影会があったのだが、サボタージュしたため、作品つくりのためやむをえない行動である。

開園前だったので、入り口の売店で暖かい缶コーヒーをすすりながら開門を待ち、寒さに耐えた。

胃が多少満たされると一服するのがタバコのみの習性である。ポケットを探りタバコを取り出し火をつけたが、それが最後の一本だった。

入園しデジカメを楽しみながら散策し、レストランの芝生の庭にある椅子に腰をかけ、さて一服とタバコを取り出したが、空である。タバコを求めようと店内に入り販売機を探したが、見当たらない。店員に聞いても販売していないという。

灰皿はちゃんとあちこちに備えられている。いよいよ苛立ちがつのってくる。公園の関係者らしき人に思い切ってどこで買えるのかたずねてみると、「園内どこの売店にもありません」とつれない返事である。

知らない人に所望する勇気もない。やむを得ず、我慢を強いられる羽目になった。立派な灰皿が園内いたるところに、休憩しようと思うところに点在しているのに、タバコを手に入れるところがないのである。

いつも散歩している都立の公園には、どの売店でも求めることが出来るのに。ところが、こちら都立のほうは灰皿はどこにもないのである。タバコを吸うときは、携帯灰皿を持っていないと、気まずい思いをすることになる。
もしも、あなたが喫煙者だったら、どちらの管理姿勢をとりますか?


ぞろ目年齢、誕生日に思う
1月15日(以前は成人の日)が私の誕生日で今年ぞろ目の年齢を迎えた。


ぞろ目といっても競馬枠のぞろ目より人間さまの場合、1~9まで9種類ある。その中でどれに該当するかはさておいて、変なことに気づいたのである。
11歳から44歳までは、勉学?やら仕事に忙しくてぞろ目年齢を意識することなくすごしてきたのだが、55歳いわゆる一昔までの定年年齢になってから年を追うごとに、ぞろ目年齢に対する意識が増してきたのである。


60歳還暦、70歳古希、77歳喜寿、80歳傘寿、88歳米寿、90歳卒寿、99歳白寿と長寿の祝いが各ぞろ目にあるが66歳のみ別扱いなのである。どうしてなのだろうか。


以前はいつも誕生日が祝日であったので、我が家のみならず国民みんながわが誕生日を祝ってくれる錯覚に酔っていたのであるが、いつの間にかその祝日も円通貨と同様に変動相場になってしまった。わが誕生日が、日本伝承の祝日を国民の声を充分に聞かず変えてしまった政治家のことだけを思い出す日に変わってしまった。たとえ88歳の米寿を迎えても、私の場合、その思いは変わらないであろう。









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