私とカメラの徒然記
なんとなく美しい、珍しい、変わってるなあと感じた自然界の素晴らしさをカメラにまかせ、人間社会の現象で感ずることがあれば、文字にしてみようと思う。
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真冬の旭川動物園
寝酒を飲んでも寝れないので、NHKの深夜放送を聴いていた。旭川動物園の園長に訊く動物生命に関する内容だった。

私は、ラジオを聴きながら眠る習慣になっているので、睡眠薬のつもりで聴いていたのだが、さにあらず、かえって眠れなくなったのである。

北海道の旭川といえば、冬はマイナス15度にも20度にもなる土地である。動物園は閉園しているものと思っていたら、冬場開園することがこの園長の願望だったそうで、いつから開園し始めたかは聞き漏らしたが、この気温の中、今は開園しているのだそうだ。

キリンや象が、永い時間は外に出ないが、この極寒の季節に体から湯気を出して歩きまわるそうだ。正確には、雪が凍っているので、すべるように進むのだそうだ。他にも、交尾の話もされてたように思うが、話のポイントを要約すると次のようなことだったと思う。

50億年前にただひとつの生命が誕生してから、今日まで進化を続けてきた動植物が、その生命を後世につなげようと懸命に努力する姿を見ていると、今の人間社会が疎んじられてしかたがない。幼児時代に動物の本能に触れ合う機会をいかに多く作ってあげるかが重要なのではないか。人間も他の動物と同じく生存する他の動植物の生命を犠牲にして永らえてきた。その命をいただくことから食事時「いただきます」の言葉が派生してきているように自然界とのつながりを肌で考えさせることが教育問題の一課題かも知れないと。
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喫煙者のつぶやき
近隣におりながら行ったことのなかった立川の国立「昭和の森公園」に出かけた。その日は晴れていたが風もあり、気温以上に寒さを感じる日だった。前日、自分が所属している写真サークルの撮影会があったのだが、サボタージュしたため、作品つくりのためやむをえない行動である。

開園前だったので、入り口の売店で暖かい缶コーヒーをすすりながら開門を待ち、寒さに耐えた。

胃が多少満たされると一服するのがタバコのみの習性である。ポケットを探りタバコを取り出し火をつけたが、それが最後の一本だった。

入園しデジカメを楽しみながら散策し、レストランの芝生の庭にある椅子に腰をかけ、さて一服とタバコを取り出したが、空である。タバコを求めようと店内に入り販売機を探したが、見当たらない。店員に聞いても販売していないという。

灰皿はちゃんとあちこちに備えられている。いよいよ苛立ちがつのってくる。公園の関係者らしき人に思い切ってどこで買えるのかたずねてみると、「園内どこの売店にもありません」とつれない返事である。

知らない人に所望する勇気もない。やむを得ず、我慢を強いられる羽目になった。立派な灰皿が園内いたるところに、休憩しようと思うところに点在しているのに、タバコを手に入れるところがないのである。

いつも散歩している都立の公園には、どの売店でも求めることが出来るのに。ところが、こちら都立のほうは灰皿はどこにもないのである。タバコを吸うときは、携帯灰皿を持っていないと、気まずい思いをすることになる。
もしも、あなたが喫煙者だったら、どちらの管理姿勢をとりますか?


小金井公園の梅林
この梅林は品種30種類弱、本数100本弱の素晴らしい園である。通路から1メートルばかり盛り上がった6区画の園には、松の木も点在し、今年は見られなかったが「雪つり」の景色も例年だとお目にかかれる。もちろん園への立ち入りは自由であり花の匂いを嗅ぐこともでき、茣蓙を引いての食事風景も見られる。

残念ながら、1月22日現在、つぼみは早いものでもわずかに白い花が咲くんだよと教えてくれる程度で、今月末ごろから観梅者でにぎわい始めることであろう。

来月には「梅祭り」も予定されており、琴の音を聞きながらの梅見も一趣向であろう。
ちなみに、園内の梅の品種を羅列しておくと
曙、曙枝垂れ、宇治の里、鴛鴦、扇流し、春日野、春日野の紅、見驚、古城の春、小梅、白加賀、水心鏡、内裏、長寿、月影、月の桂、一重野梅、豊後、紅千鳥、芳流閣、舞扇、満月、八重冬至、八重野梅、竜眼枝垂れ         開花をお楽しみに・・・・

写真は昨年撮影の「雪の竜眼枝垂れ」



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上野東照宮の冬牡丹・寒牡丹
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先日、友人に誘われて何年かぶりに上野東照宮冬牡丹寒牡丹の撮影に出かけた。


案内の看板やのぼりには、「冬牡丹」会場は↑とあり、会場の苗木売り場には「寒牡丹」売りますの文字を目にしたので、厳密には多分使い分けをしなければならないのであろう。


を見ただけでこの区分が私にはできないので、撮影した何枚かをご覧いただき見分けていただきたい。

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ぞろ目年齢、誕生日に思う
1月15日(以前は成人の日)が私の誕生日で今年ぞろ目の年齢を迎えた。


ぞろ目といっても競馬枠のぞろ目より人間さまの場合、1~9まで9種類ある。その中でどれに該当するかはさておいて、変なことに気づいたのである。
11歳から44歳までは、勉学?やら仕事に忙しくてぞろ目年齢を意識することなくすごしてきたのだが、55歳いわゆる一昔までの定年年齢になってから年を追うごとに、ぞろ目年齢に対する意識が増してきたのである。


60歳還暦、70歳古希、77歳喜寿、80歳傘寿、88歳米寿、90歳卒寿、99歳白寿と長寿の祝いが各ぞろ目にあるが66歳のみ別扱いなのである。どうしてなのだろうか。


以前はいつも誕生日が祝日であったので、我が家のみならず国民みんながわが誕生日を祝ってくれる錯覚に酔っていたのであるが、いつの間にかその祝日も円通貨と同様に変動相場になってしまった。わが誕生日が、日本伝承の祝日を国民の声を充分に聞かず変えてしまった政治家のことだけを思い出す日に変わってしまった。たとえ88歳の米寿を迎えても、私の場合、その思いは変わらないであろう。









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